パジャジャラン大学 Padjajaran University の紹介~インドネシアにおける大学特集 Vol. 5~

皆さん、どうも!もう私のことがつまらないかもしれないですが、インドネシアについての記事担当のプトロでーす!

なんと、5回目の『インドネシアにおける大学特集』紹介記事になりましたが、今までの情報はお役に立てたのでしょうか?これからも紹介したいインドネシアの大学もまだありますが、そろそろ最終編に至ると思います(泣)

今回はまたバンドン市に行きますよ!実は、バンドン工科大学の他に、バンドン市にまたひとつの有名な大学が存在します!その名は「パジャジャラン大学」という大学です!

パジャジャラン大学はバンドン工科大学と違い、より幅広い教育の提供を目指すきっかけで設立されました。パジャジャラン大学はバンドン市の地元住民によって作られ、西ジャワ島の人々の教育開発のために存在するわけです。その背景から、大学の名前は大昔にある王国の名より借りており、「ジャワ島の人々を導くように」というニュアンスも入っています。最近では、「パジャジャラン大学」という呼び方よりも、「UNPAD」(ウンパッド)という呼び方のほうが多く使われています。

インドネシア語:Universitas Padjajaran (UNPAD)

英語:Padjajaran University

日本語:パジャジャラン大学

本部所在地:バンドン市

設立:西暦1957年

学生数:約23,999(学部生)/  約4,342(学院性)(2016)

学部数:18部

ホームページ:http://www.unpad.ac.id/en

パジャジャラン大学はQSの世界大学ランキング(https://www.topuniversities.com/university-rankings)では、651-700位の範囲に入っていますが、他のインドネシアの大学の順位を見ると実は国内で4位に就きました!なので、国内のトップ5位の範囲に入り、一流大学として認められます。国際の連携も活発に携わり、主に日本の大学(東北大学、千葉大学、筑波大学など)およびヨーロッパの大学と共同プログラムがあります。専攻の選択肢が多いため、パジャジャラン大学の卒業生は様々な分野で活躍をしています

パジャジャラン大学の一般教室

大学の支援センターの窓口

農学部の研究室の活動

パジャジャラン大学は2つのキャンパスがあり、その中に全部18学部があります。法学部をはじめ、農学部、医学部、文化科学部、数学部などなど。。。本当に勉強したいことが思うままにここで全部見つけられます!一般のインドネシアにおける大学と同じく、学部課程は4年制度となりますが、医学や薬学などの理系の分野は1~2年間より長くなる場合があります。

パジャジャラン大学は幅広い学部を提供していますが、果たしてこの中ではどちらの学部が高く評価されているでしょう?一般的に人気な学部と関係が強いため、実際の大学のデータを覗きましょう!

図1 学部ごとのパジャジャラン大学の学生数(2016)

この図を見るとパータンが見えてくると思いますが、パジャジャラン大学では文系に関する学部の学生数が高いです。これで大学の文系学が強いかどうか私からでも何とも言えませんが、国内でトップ5位に入れば本当に質が高いはずですね!

だが、今回もより詳しいデータがないため、学生の卒業後就職先は明らかになっていないです。さらに、卒業生は国内か海外で就職するのかがまた疑問になります。しかし、他に紹介した大学の卒業後進路先のパータンを見れば、おそらく90%以上ぐらいは国内の会社に就職するかもしれないですね。。。

短かった紹介記事ですが、これでパジャジャラン大学の紹介は以上となります!

実は私もパジャジャラン大学についてあまり詳しくないですが(泣)、国内では評判が大変良いと知られています!まあ、国内でトップ5位の大学ですので、人気があるのがおかしくないと思います。

パジャジャラン大学に入学説明会に来た高校生たち

それでは、次回は最後の大学紹介となりますので、皆さんもお楽しみにしてください!大学紹介の特集が終わると、また別の面白い話に進みたいと計画しています。ぜひ最後まで読んでいただければと思います!

PUTRO RADITYO HARYO (プトロ・ラディティヨ・ハルヨ)

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ABOUTこの記事をかいた人

Putro Radityo Haryo

現在、東京大学の大学院に在学(修士課程1年)。 来日する前、年間シンガポールに留学し、調理専門学校に通っていた。シェフの資格を受けたその後、母国で数カ月バリ島におけるレストランで働いた。しかし、よりグローバルで活躍したいため、やがて仕事を辞めて日本へ向かった。日本語学校から日本語を極め、東京農業大学を平成31年に卒業した。現在に至り、世界の食糧問題とサステナビリティ課題を研究で解決しようとする。