インドネシア大学の紹介~インドネシアにおける大学特集 Vol. 1~

皆さん、どうも!インドネシア語記事担当のプトロです。

『インドネシアにおける大学特集』は、こちら「外国人採用ノート」の初インドネシア大学についての紹介特集です!インドネシアで未だに多く知られていないトップの大学が存在していますので、その分は私が皆さんのために紹介させていただきます。

本日は第1回目大学紹介のため、誰でもインドネシア人が知っている「インドネシア大学」から始めたいと思います!

インドネシア大学は最も長い歴史を持っている大学であり、元々は医学専門の大学という存在でした。

インドネシア名:Universitas Indonesia (UI)

英名:University of Indonesia

日本名:インドネシア大学

本部所在地:デポック、ジャボデタベック都市圏

設立年:西暦1849年

学生数:約28,095(学部生)/  約15,915(学院性)(2015)

学部数:46,771 (2018)

ホームページ:http://www.ui.ac.id/

「QS世界大学ランキング」(https://www.topuniversities.com/university-rankings)の2010年~2011年度アジア大学ランキングでは、インドネシア大学がトップ50位の範囲に入れ、インドネシア各国内ランキングでも毎年トップ3位かトップ5位の国内大学として認められます。しかも、日本の「東京大学」やオーストラリアの「シドニー大学」などの世界中におけるトップレベルの大学と連携があり、まさに質が高い教育カリキュラムを提供しています。そのおかげで、多くのインドネシア大学の卒業生は国か世界のリーダー立場に立っています。例えば、インドネシア第10代副大統領のモハマッド・ユスフ・カラ氏や世界銀行ダイレクターのスリ・ムリヤニ氏などはインドネシア大学の卒業生です。

インドネシア第10代副大統領のモハマッド・ユスフ・カラ氏はインドネシア大学の卒業生です

現在、インドネシア大学の下には14学部の他に、2つの専門大学院および1つの専門学校があります。この中で、医学部が最も高く評価される学部ですが、文系関係の学部も国内トップです。

インドネシア大学の医学部の本部棟

経済会計学部のパソコン・ラボ

大学制度は基本的に日本の大学と一致しています。学部は4年間がかかり、修士課程は2年がかかることが一般的です。博士課程のプログラムは理想として3年間に終了する標準がありますが、実際は4~8年間がかかるケースも多いです。これは、インドネシアの厳しい教育制度とクオリティー・チェックだからです。

2017年にインドネシア大学から出版された「インドネシア大学卒業生に対する採用会社の評価および満足度」という研究結果によって、59.9%の採用会社が「満足」と答え、22.7%がさらに「非常に満足」と回答しました。13.4%の「やや満足」との回答に合わせたら、96%のインドネシア国内会社はインドネシア大学卒業生のワーク・パフォーマンスに対して大体満足しました。これで間違いなく、インドネシア大学卒業生の優秀な力を証明しています。

図1 インドネシア大学卒業生に対する採用会社の満足度(出典:Employer Study Universitas Indonesia, 2017)

就職活動のために来日したインドネシア大学の卒業生がどれほどいるか未だに明らかにしていませんが、おそらくその人数がまだ少ないです。50%以上の卒業生は非公開会社で入社しましたが、それぞれの会社は国内における会社か海外にある会社かはっきりしていない現況です。

これはやはり、インドネシアの大学における卒業生の考え方を理解しないとわかりませんね。もしかしてそれについて別の記事でより詳しく紹介しようかと思います!

それでは、本日の1回目インドネシア大学紹介はこれで以上になります!おまけとしては私の個人的な意見ですが、インドネシア大学っていわゆるインドネシアの東京大学だと言えるでしょう。入学試験が非常に難しく、入学率も大変厳しいものです。トップレベルな人材しか受かりませんので、日本会社に強くおすすめします!

ではでは、次の特集投稿までご期待してください!

PUTRO RADITYO HARYO (プトロ・ラディティヨ・ハルヨ)

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ABOUTこの記事をかいた人

Putro Radityo Haryo

現在、東京大学の大学院に在学(修士課程1年)。 来日する前、年間シンガポールに留学し、調理専門学校に通っていた。シェフの資格を受けたその後、母国で数カ月バリ島におけるレストランで働いた。しかし、よりグローバルで活躍したいため、やがて仕事を辞めて日本へ向かった。日本語学校から日本語を極め、東京農業大学を平成31年に卒業した。現在に至り、世界の食糧問題とサステナビリティ課題を研究で解決しようとする。